2月22日(月)の食卓/男らしいチーズケーキ くもりのち雨
たまご
「もうね、しわくちゃなの。どうしたらいいと思う?頸なん
て鶏みたいにだらーんとなっちゃってね、それでも夕べは寝
る前に、人参をすりおろした蜂蜜を塗ったからまだましにな
ったけど」母の頸が人参のオレンジ色にべたべたに染まって
いるのを思い浮かべながら、風邪で寝込んでいても、美容を
気にかけてそれが母の底力だし、すごいことだと感心する。
母は髪をとかしたり、お化粧をなおしたりしたあと、右の顎
と頬を包むように手のひらをあてて、鏡のなかのじぶんに微
笑む癖があるけれど、今はどんな顔で向かっているんだろう。
「よく眠って、上質な油をすこし摂るといいと思う。松の実
粥も滋養になっていいけれど、面倒だったらそのままポリポ
リ食べてね。それから、あんまりピチピチでもそれはそれで
問題だから、大丈夫」と慰めると「いやねえ」と言った。
それにしても、はちみつを塗った頸はべたべたして気持ち悪
そうだなあ。
*
今日はいったい何人くるのかわからなくて、チーズケーキの
大きいのを焼きながら走り回っていたら、焦げた匂いが漂っ
てきて「あ」と台所に走ってオーブンを開けると、うっすら
煙が流れ出した。やってしまった。
チーズケーキは出せないと見せると「男らしくていいじゃな
い」と笑うので、焦げの少ないところを切って差し出すと「
個性的な味」と言って自分で切り分けて仕事が終わった男の
人たちに、男らしいチーズケーキを差し出した。
*
夕方、中古カメラ市で待ち合わせて、気になっていた銀座の
外れの昔ながらの街の中華屋さんに行く。とろみの中華そば
が食べたくて。
開店して間もない時間に入ると、テレビを見上げていたお店
の人たちが振り返る。
いい感じだ。
入口近くの席に座る。たくやさんは五目焼きそば、わたしは
とろみの広東そば、それから餃子を一枚注文する。
入口の本立てにはサンデー、ジャンプ、マガジンの三誌、床
にはおかもちがいくつか並んで出前もしているらしい。各テ
ーブルには灰皿が用意されて全面喫煙可、金文字の店名がガ
ラス扉に貼られて、その文字越しに傘をさす人がちらほらす
る雨が落ちてきた銀座を眺めながら待つ。
運ばれてきた広東麺は、きちんと刻まれた野菜のあんかけに
お決まりの海老とうずら玉子が一つずつのっている。
うずらの玉子の黄身は、生臭くどろりとしてどちらかといえ
ば苦手な味だけれど、街場の中華そばにおいての画竜点睛、
これがなければ決まらない、というところ。味に特徴はない
けれど、こういうのが食べたかったのだ。
*
テーブルの上に6本のフィルムを並べ、夢想する。
中古カメラ市の福引きで当たった三等の一万円券は、映画用の
フィルムを写真用のパトローネに詰め替えたISO800タングステ
ン、一本1800円の三十五ミリフィルムにあてた。
写真が好きでたまらなそうなカメラ屋のスタッフのひとりは、
昼間はISO500に合わせて撮るとブルーが強調されてそれも
いい、と言って彼が撮った渋谷のスナップ写真2枚をくれた。
もう一人は、夜の街を撮るとすごくきれいに映ったと言った。
見本の写真を見せてもらったけれど、ほんとに映画のワンシー
ンみたいな雰囲気だった。
ひとコマひとコマに映像がおさまった未来の像を想像してフィ
ルムを眺め続ける。
どこかへ行きたい気持ちが、久しぶりに沸き上がってくる。
このフィルムをカメラに詰めてどこへ向かおう。
----朝のごはん----
いそべ巻きと豚汁
男らしいチーズケーキ
----夕方のごはん----
創業70年の銀座のはずれの中華屋さんで
五目焼きそば、広東麺、餃子一枚
----夜のおやつ----
焦げたケーキとカフェオレ
Cine Still Filmを眺めて夢想の時間。