日々の皿

12月6日(水)  快晴 岩手は雪

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朝、これ以上は望めないというくらい快晴のなか新幹線は

東北にむかった。

しばらくすると、遠くの空の下に太陽を燦々と浴びている富

士山が、くっくりと映えていた。

富士の山をどうしてか嫌いだったけれど(たぶん浮世絵のせ

い、フジヤマゲイシャのイメージのせいだと思う)ドライブ

をしていたある時、なだらか裾野の一部が迫ってきて「いっ

たいこの山はなんなんだ」と深く感じた山が富士山としって

から、あの山は特別なのかもしれないと思うようになった。

あんなふうに山が心に入ってきたのは、はじめてのことだっ

たから。

今日の富士山は神聖でおだやかな白馬のように見えた。

北上で一両編成の在来線に乗り換える。

はらはらと雪が舞っている風景は、トンネルをくぐり抜ける

ごとに真っ白になってゆき、北国にやってきた静かなよろこ

びにみたされた。



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山の家はもう雪に閉ざされていた。

今年は雪が早いと聞いていたけれど、もう一月の風景ではな

いかな。

ブーツで雪の上をざくざくと歩いて、ようやく玄関にたどり

着く。

この季節に来てもほとんど意味のないことだとは知っている

けれど、家の空気の入れ替えと、家を暖めることをしにきた。

以前北村商店さんのご主人が、つかわれてない家は「なんで

いうのがな、のまれていくっちゅーかな・・」とおっしゃっ

ていたけれど、その感覚はなんとなくわかる。

だから、家全体の空気を変え、家に気を入れるように掃除を

し、火を焚き、家中の電気をつけ、神棚に塩を盛り、お酒を

供える。そして、飲み食いをして、映画をみて、本をよみ、

音楽を聴く。一時でも家を明るくして、一時でも家をあたた

かくして、それは意味のないことのようで、案外大切なこと

のような気がする。

雪かきをして、喉がかわいたからぐっとビールを飲んだ。

冷たい大気のなかで、冷えたビールが輪郭をくっきりさせて食

道を落ちてゆく感覚は懐かしいおいしさだった。寒い中で冷た

い物を飲むっていうのは独特なよさがあるのだ。

夜になっても室温は9度から上がらず、一晩中薪をくべ続けた。


穴子の押し寿司

しくしくの味。

穴子はプラスチックのようだった。

夜用の崎陽軒の特製しゅうまいを開ける。


寒くて、寂しくて、おつまみをバリバリ食べた。

しゅうまいも食べて、インスタントラーメンをすすって眠った。


by hibinosara | 2017-12-17 17:40 | Comments(4)
Commented by na7-ko at 2017-12-21 07:32
hibinosaraさん、おはようございます。
今頃の書き込みですが、寒くて、寂しくて、の言葉がずっと心に刺さっていて。
2週間前のhibinosaraさん、よく頑張りました。
岩手の山のお家の寒さは,私の想像を超えたところにあります。
Commented by hibinosara at 2017-12-21 12:35
ナナコさん
ありがとうございます。
ぐーっと寒くて、ぐぐーっと寂しくてプラスちょっと怖くもあるのだけれど、そういうことをかみ締めて、見ていられることはそれはそれでわるくはないものなのです。
へんたいかな(笑)
帰る家があるからそう思えるのだと思うけれど。

ごめんなさい、心配をかけてしまいました!!!
Commented by na7-ko at 2017-12-21 14:33
帰る家があるから、そうですね。
村上春樹いうところの「小確幸」を再認識させてくれましたね。
hibinosaraさんの寂しさを想像してただけだけれど、私も小さな幸せを再認識しました。ありがとう!
Commented by hibinosara at 2017-12-21 21:20
ナナコさん
寂しいとか、不安だとか、苦しいとかいうこと「そのもの」にわりと肯定的なんです。
いつもとは違う見え方や、いつもとは違う感じ方に興味があります。
比べるのも申し訳ないけれど、そしてまったく才能もセンスもないけれど、冒険家のそれと少し似ているかも。
でもどちらにしても帰る家があるのは、とてもありがたいなあと思います(にっこり)。