
時間が足りなくなって、思い切っておかあさんにキャ
ベツを刻んでと言ってみた。おかあさんが包丁を握っ
たのは十ヶ月ぶりなのではないかな。小さな色紙にす
るのは珍しいことらしく、こんなふうに切るのははじ
めてだわと何度も言った。
近ごろの母口癖は「はじめて」で、いつからか頻繁に
聞くようになって、それは倒れてかもしれないし、そ
んなに昔のことではないように思う。
寝たきりの上半身を起こした去年の5月、母は目ばか
りが目立つ髪ぼうぼうの性別不明な仙人のような風貌
で、パチクリ瞬きをして世の中を珍しそうに眺めてい
た。
だからやはり、一度は向こうに渡っていたのかもしれ
ない。
ハンバーグにコールスロー、それから卵焼きを作った。
卵焼きなんて変かもしれないけれど、のぶちゃんのお
うちの食卓は、洋食にお味噌汁をつける日本の食卓だ
からちょうどいいと思って。
おかあさんは予想通り帰りたくなくて、ごねはじめた。
暮らしと離れるのがたまらなく寂しいのだろうなあ。
はじめて病院の外泊許可をとった夜、幽霊のように寝
室のベッドに腰掛けて、タンスの引き出しに並んだ洋
服を恨めしそうに眺めていた。深夜母の様子を見にゆ
くと、一番好きな服を着て包まれるように寝ていた母
がかわいそうで仕方がなかった。
あんなに執着があって、苦しいだろうなあ。
そうこうするうちにのぶちゃんが迎えてに来てくれた。
廊下も部屋もあちこち物の山になっていても、もう驚
かない。
おかあさんは、お赤飯とハンバーグを食べた。

お土産は駄菓子のような麻布十番のかりんとうの詰め
合わせ。母によるとお孫ちゃんもたくさんいるらしい
し、よいのではないかと思う。うちの近所(といって
も隣町)のお菓子ですと渡すことができるし。それと
卓也さん手製の柚子ジャム。作り方は知らないけれど、
九重みりんと菜の花の蜂蜜(ローハニー)を使ってい
るせいなのか、さらりとした甘さが柚子の香りを引き
立てて、とてもおいしい。鶏肉やサラダにもぜったい
に合うと思うし、そうだ紅茶にも!
午後、たっちゃんの娘さんが迎えにいらした。
今日もお手製のお赤飯、カスタードクリームたっぷり
のワッフル、それから果物の詰め合わせをお土産に下
さった。たっちゃんは大きな呉服屋さんのお嬢さんだ
ったから商家の人特有の気遣いと華やかさがあって、
娘さんにもそれは引き継がれ、いつもたくさんのお土
産を持ってきてくださる。
たっちゃんは、数年前までは母の住まいに泊まって共
に時間を過ごしていたけれど、おむつが取れなくなる
と娘さんが連れてきてくださり一年に一度か二度、数
時間ほど母と過ごすようになり、最後に会ったのは母
の余命が残りわずか一週間と宣告された去年の春三月
二十八日。たっちゃんは前のように泊まれると思って
奥の和室に行きたがった。
わたしがたっちゃんと最後に食卓をともにしたのは八
年前のこと。母が皆を呼んで自分の誕生日を祝って欲
しがった春のことだ。母もまだ元気でピンポンを鳴ら
すと居間の奥から走って出てきた。
おいしーい、お刺身が食べたいと言った母のお誕生日
の朝早く、場内の住定でイキのいいところを買ってそ
の重量16キロ。千歳空港で持ち手が切れた時には泣
きそうになったっけ。
その時はもうたっちゃんは施設に入っていたけれど独
りで出かけることができたのだった。
たっちゃんのお漬物をもう一度食べたいなあ。旦那さ
んのご実家の新潟の笹団子も大好きだった。お小遣い
は仏壇にあげてやり取りで気を遣わせなかった。
母は要介護5でいっときは意識も薄い寝たきりで、足
も細くなり、二度と歩けないと思っていたけれど(な
のでちずちゃんに靴を差し上げたりしていた)驚異的
な回復力で、今は家の中なら一人でトイレに行くしお
風呂にも入る、今日なども車椅子には乗らず車まで支
えられて歩いた(母のあの時のことを知っている人は、
歩いている!と驚く)。
たっちゃんは起きたくないと横たわっていたけれど、
それでも去年と変わらなかった。
たっちゃんは看護師さんに「わたしの一番の友だち」
とおしえていた。
母は急にキラキラしはじめて、母の輪郭の周りに金粉
が舞っているようだった。何度か書いたけれど、一度
だけ母のオーラが見えてそれは金色だった。実際母か
ら金粉が出てきて「サイババ」かと思ったこともある
けれど、たぶん今母はその色に囲まれているんだろう
な。
二人は手を取り合っていた。
夜はすき焼きにした。
一枚が大きく広がる高級なお肉ではなく、黒毛和牛の
切り落としと、糸こんにゃくと、おネギをひと鍋にし
て。母は青臭いきゅうりを食べたがったから薄切りに
した浅漬け。それから冷やしトマト。マグロのサクは
もう売り切れて小さなパックしか残っておらず三切れ
だけのお皿。なめこのお味噌汁とふんわり柔らかく炊
いたご飯。
夕飯となったときに、母は百万円もした古いミシンが
ないとパニックになってもうごはんどころではない。
その少し前に明日病院に戻らなければいけないと思い
出して、心からガッカリして(ほんとうにかわいそう
だった)、その因果の複雑さはわからないけれど、関
係があるのだと思う。
でも私は怒ってしまった。
お母さんの好きなものばかり作ったのにと。
お母さんは私の好きな食べ物を知らないでしょう?
母親っていうのはね、娘が帰ってくるとなれば、いそ
いそ台所に立って好物を作ってくれるものではないの
?そういう気持ちがこみ上げてくるのが愛情というも
のではないの?
そういうことをされたことがないから知らないと母は
言った。でもわたしは知っているよと言った。
おかあさんは私に甘えたい頼りたい気持ちばかりでし
ょう?と。
それでもいいと、母と娘の立場は封印したはずなのに、
印を破いてしまった。

「おかあさん」
掛け布団の肩をゆらすとゆっくり目を開けて、ふりかえ
った母の口から、息のような声がもれた。
「今日は美容室だよ」
「もう間に合わない?」
「一時間半あるよ」
ゆうべはぜったい行かないと怒っていたけれど、美容室
を予約していることだけ覚えていてよかった。
さっそくお化粧を始めている。念入りに。
ミトンの手袋から車椅子のグリップが、もしするりと抜
けていったらスロープを疾走して、母を乗せた車椅子は
歩道の雪山に突入する想像をしてしまって背中がぞくっ
とした。
手袋をポケットに入れて素手でしっかりグリップを握り
直す。凍ったスロープはこわかったけれど、雪の歩道に
下りると押しても引っ張ってもびくともせず、雪払いを
していた管理人さんが手をかしてくれたけれど、わずか
に車輪が回ったほどで、これはどうにもならない。
白い道のむこうから懐かしい黄色の背の低いタクシーの
「空車」の赤いネオンが近づいてきた。
手をあげる。
車から出てきた運転手さんは「これはね、後ろ向きに引
っ張らないと進まないんだよ」とグリップをグッと握っ
て引っ張ると車椅子のタイヤが回り雪道をザクザク進ん
だ。
1月の積雪量としては史上初の40センチ越えのせい
で道は車線が狭くなりそのせいで大渋滞が起り、歩いて
数分の美容室への道をタクシーはゆっくり進む。
でも助かった。絶対無理だと思ったもの。
運転手さんは親切で、停まっているタクシーの中でメー
ターが上がり続けているのを気の毒に思ってくれて、グ
リッとUターンをした。
これは、弾まねばいけないだろう。
チップというものを!
いやいやいいんですよ仕事なんですから、とおっしゃり
ながらもすごく嬉しそうで、わたしも嬉しかった。
おかあさんは美容室の鏡の前に座ると喜びの笑みが溢れ
両手を顔の横で開いてニッカーと笑っている。
髪型は私と美容師さんで相談する。母は自分では無難
な髪型を提案するけれど母が映えない。母にはモダン
が似合う。似合うけれど一旦は抵抗しする。けれど結
果的には気にいるから(なんて面倒な気質なんだろう
か!)アシンメトリーみたいな感じにしてもらった。
母がご機嫌に髪を切ってもらっている間にタクシーの
アプリをインストールした。
これは便利。どこまでタクシーが来ているかわかるし、
外で待たなくてよいし。
マイナンバーカードを申請にゆく。
写真付証明書がないとスマートフォンの機種変ができ
なくなったのが去年の12月1日から。
母は思ったことがすぐさま口に出てくる人で、わるい
ことに自分が一番正しいと思っている人で、だから役
所関係は自分がやらないと気が済まない。書類に記入
するのは私にとペンをすすめる職員に母に渡してくだ
さいとお願いする。カードの受け取り方法に工夫が必
要で、それを職員と話し合ったり役所に電話をして尋
ねたりしていると見当違いに口をはさんできて険しい
顔をしている。
お母さんが社長だったらいつまでも代を譲ろうとしな
いタイプだろうな。任せられないと言うのか。
機嫌が悪くなった母を連れてデパートの台湾料理屋で
ランチ。
エビチャーハンと小籠包のセット
汁そばと小籠包のセット
母だけ杏仁豆腐付き
エビチャーハンが口に合ったようでみるみる機嫌がな
おってゆく。
幸せへの近道って、この間とよりんが言っていたけれ
ど、ほんとうに、実にそうだなあ。
札幌で一番高いJRタワーに上がる。
母、懐かしがる。
スマートフォンを買ったばかりで、ここでパシャパシ
ャ写真を撮ってあれは嬉しかった。あなたに送ったも
のねと思い出して、はしゃいでいる。
母のマンションを探す。
ほらあそこと指をさす。
病院は大倉山のすこし下、陽が落ちているあたり。

母はデパートにも行きたがった。
ぐるりと生活用品を見た後に、特設会場の全国旨
いもの市に入りたがった。
混雑した会場に車椅子をのしのし乗り入れる。
大好物の広島の牡蠣の揚げたてをイートインする。
目を細めている。
今日は体がめりめり熱くなるほど怪力というもの
を発揮したな。
後ろ向きに進むでも、雪道を車椅子を引っ張るのは
なかなか力が必要で、雪の段があちこちに出来てい
たし、でもこうやって生きていけば、叶わないかも
しれないと思っていることも、叶うものなのかもし
れないと思った。
去年使い果たしたエネルギーは井戸に水が満ちるよ
うに少しずつ戻ってきている。
吹雪いてはいない。
こんこんと間断なく空から雪があふれ続けている。
「こんなことってないねえ」
母は背中を丸めて窓の外を見ている。
今日は雪がいっぱいでは出かけられないな。
おかあさんって変わらないなあ。
ここはあんたの家じゃないんだから出て行きなさい。
などと言う。
あんまりではないかと怒ると、あんたのためを思って
言ったのよと母はするすると自分から逃れてゆく。
自分の思う通りにならないと泣いて、
殺して!殺してっ!などと言う。
「いやだ」
「川に流されて死ぬ」と暗い声でうつむいてつぶやく。
「おかーさん豊平川は遠いよ」
「車に轢かれる」
「轢いた人が気の毒なことになる」
「だったら腹をこうして」
「はいわかりました。よくキレるのがあります」
もう何百回聞いただろうなあ。
次は飛び降りと言うのかなあと思っていると、
母の気がふっと変わる。
誰かに電話している。
晴天のち雪
豚肉の塊を焼いて、煮卵も作る。
幽庵だれにつけて(ゆずポン酢、醤油、味醂、酒)馴染ん
だところを煮卵と一緒に写真に撮って、今日のおかずの仲
間に入れてやってくださいと、のぶちゃんに送った。
鹿児島XX。母の好きな肉屋の肉だ。一口食べて「これどこ
の肉」と聞かれて、〇〇のと言えば「やっぱりねえ、ここ
のが一番」と満足し、ほかの○○と言えば眉を顰めて「や
っぱりねえ、肉はね〇〇が一番なのよ」と言う。
そのよい方の〇〇の肉の塊の写真を見たのぶちゃんから「
グロテスクだな」と返事があった。
確かに。だって肉だもの。
母をのぶちゃんの車に乗せて宮の森の山を下る頃、予報よ
り早く雪が降ってきた。
松の内ギリギリの今日は七日。
デパートには七草粥のセットが並んでいたけれど、うちは
なだ万の迎春的な折とイカの粕漬け、それから件のグロテ
スクなローストポークと煮卵の食卓。
母は「挨拶するから」と言った。
すっかり寒がりになった母はダウンを着たままネジの緩ん
だ声で「旧年中はいろいろとお世話になり・・・」と述べ
た。食卓には母の病室から連れ帰ってきたネパール君(犬
のぬいぐるみ)が迎春のお札を背中に背負って笑っている。
母は、鹿児島XXのローストポークを一口食べて目を丸く
して「おいしい」と言った。つまみ食いをしたのぶちゃん
からも「うんまいなあ」と喜びのメッセージが届いた。
母は二人分を盛り付けた皿をすっかり自分に寄せて「あな
たのはあるの?」と言った。煮卵もこれおいしいと目を丸
くして、おせちは目の彩りである。

