4月18日ですって。びっくりしちゃうなあ。
6時半近くなるとラジオ体操のためにご近所が集まって
きます。
この間伐採されてしまった木の周りに立って、触ったり
、空洞の中を見たりしています。桜の木の方にも大きな
おじさんがやってきて、切り株の表面に拳を当ててぐい
ぐい押して「どこも悪くないじゃないか」と言っている
ように見えます。おばさんも何度も表面を触っています。
本当に立派な切り株なんです。木の周りに集まって話を
しているのがとてもうれしいです。
こうして木のことを思って書いていると涙が流れてきま
す。
今もまたおばあさんが桜の切り株の表面を撫でていった。
小さな頃から一緒に育ってきた木だったのかもしれない。
木登りをしたり。かわいそうになあ。
4月17日
午後、二人で丘を下りて、大手町に用事を済ませにゆく。
東京駅の前を通って、東京国際フォーラムの中を通って、
ラボ屋に向かう。卓也さんは「ここはどこだ」とつぶや
いている。観光客が多いという意味らしい。ラボ屋に行
く途中思い出して、荒川医院を探した。やはり閉じてし
まったのかな。江戸っ子の先生。江戸弁が残っている先
生。正直でスッキリしていて好きだった。待合室には5
W1Hで話すようにと貼り紙があった。患者さんはご近
所のおばあさんおじいさんが多かった。漢方薬を扱って
いたなら通院したかった。2年ほど前に創業百年のパー
ティーを開催していたのをどこかで見た。奥さまの看護
師さんもあたたくて素朴で好きだったなあ。
銀座MUJIにポリプロピレンの収納ケースで作られた茶
室を見にゆく。閉じられた空間、けれど外の気配を感じ
られる空間っていいなあ。ポリプロピレン障子のように
光を通すのだな。
ととのう、という言葉をよく聞くようになったのは、
コロナの前くらいからかな。
松屋銀座の結城紬の仕事の展示も「作ることと整えるこ
と」今朝、この小さなリーフレットを手にしてこの言葉
を忘れないように冷蔵庫の扉に貼ったばかりだ。
MUJIの展示は「ととのう展」
https://atelier.muji.com/jp-ja/exhibition/260320/
自分にとってととのう場所はやはり台所かな。
お昼
葱坊主とわらび、お麩のお蕎麦

4月16日
朝は
大葉のおにぎりとけんちん汁。

卓也さんに味噌作りをお願いする。
丹波B品だけれど茹でると栗のような味がする黒豆だ。
桜の木はやはり切られてしまうよう。
きのう太い枝だけ残して、その周りに細い枝を残して
いたから期待した。樹医の誤診だったのかもしれない
と。切っても切っても枝は健康に見えたから。
太い枝に電動のこが入る音が聞こえてくる。頭が痛い。
昼は
肉まんと辛くて酸っぱいスープ


あっという間に夕方になった。
急いで出掛けた。
作業の途中で時間になってしまう。明日もう一度だ。
大手町から東京駅に向かう。
今着いたばかりらしい観光客が東京駅をバックに記念撮
影をしている。団体旅行。20人くらいいる。タイ人か
な。高めの声の破裂音。いい匂いがするし、明るい彼ら
だ。前に回り込んで彼らの笑顔でしあわせにしてもらっ
た。彼らはゾロゾロと歩き始めた。方向が同じ。途中彼
らは笑顔で何枚も写真を撮っている。カップルでファミ
リーで。道に広がる彼らの中を歩いていると、南の国の
気配を感じて私が敢行しているみたいだった。服装が独
特。チグハグな感じがする。昔の日本人もこんな感じだ
ったのではないかなあ。私の前を歩いている妙齢の婦人
が振り返って息子を探している。彼らは緑の⑩のグルー
プらしい。ガード下で分かれた、どこのホテルかな。楽
しんでね、楽しんでね、楽しんでね。無言でけれど大き
な声で南の国の人たちの背中に声をかけた。
スマートフォンを見ると充電がない、お財布も忘れた。
電源を落として蓄電を大切に使う。スイカでお味噌を買
えた。お麩も買えた。けれど、体力は無くなって、MU
JIにもいけず、ラボ屋にも行けなかった。卓也さんは電
話に出ない。残り7%。ようやく電話がつながって、
けれど途中で切れた。最寄りの駅に着いて、公衆電話か
ら電話をする。10円玉は秒で消えてゆく。卓也さんは
駅に迎えに来てくれていた。
誓ったこと。
向かっているエネルギーのコントロールをすること。達
成感を求めないこと。何をしているのかわかっているこ
と。でも、何をしているのかわからないことも大切なん
だけど。でもお財布と充電されたスマートフォンは持っ
て出かけるようにしよう。
坂の途中のコンビニでカップ酒を買った。
それを持って桜の切り株に会いにゆく。表面にかけて、
けれどね、生きているのが感じとれた。ひこばえはツヤ
ツヤして、根はこれからどうやって生きていこうか考え
ているようだった。すっかり切られて小さくなった桜の
切り株に子供たちが遊びにきてお尻を並べていたのだそ
う。わたしの瞼に彼らの小さくてかわいいお尻が並んだ。
それもすばらしいこと。

4月15日
とうとう、桜を伐採する什器が公園に入ってきた。
梢から切っている。
奥久慈の伊藤さんが送ってくださった葱坊主を酒で炒
って味を整えて、夕べの黒酢餡かけ団子と合わせて、
○○丼を作る。
桜を眺めながら食事をする。

わたしたちがあまりに見ているので、什器に乗って枝
を切っている人と目があう。別にめらめら見ているわ
けではないけれど。
太い枝を残して去っていった。切ってみたものの健康
だとわかりやめたのだろうか。人間でもあることだ。
卓也さんは「ほら枝の横に細い枝を残しているよ。こ
の区は柔軟性があるなあ」と喜んでいる。そんな繊細
なことをするだろうかと私は心に影を落としている。
性格がいいなあ、卓也さんは。

お昼は葱坊主の下の茎、というのか?(葱坊主と呼ぶ
とその下をなんと呼べばいいのだろうか。葱ですよね
)を、細切りにしてかき揚げを作り、温かいお蕎麦を
作る。
わたしは午後、ホームページの作業。
卓也さんは、辰巳芳子さんの「あなたのために」と文
字通りの首っぴきでけんちん汁を作り、ぐったり果て
て椅子に腰かけている。レバ煮もね、ともう一品お願
いする。
ある朝、一晩のうちに銀杏の木の枝にうす緑色葉っぱが
「ぼわっ」と吹き出していて、びっくりしました。
このところさらにお味噌汁はなくてはならないパートナ
ーとなり、卓也さんのおかあさんが「味噌汁を一日一度
は飲むように」とおっしゃった気持ちは「いいものだか
らねえ、味噌汁は」ということだったのかなあと想像し
ています。
お味噌汁の半分くらいを最初に食べ飲んでお腹を温める
と調子がよくて、そのことを体は実に喜んでいます。
カレーにお味噌汁の日本の食卓は、とてもよいものだっ
たのだなあと思います。
朝ごはんはこのところ、和食か味噌入りスープとオート
ミールのパンケーキです。

キャベツのスープにお味噌を加えたお味噌汁
大根の葉っぱと梅干しのご飯
常備菜
おから きんぴらごぼう 切り干し大根
大根菜と梅干しのごはん

大根のお味噌汁
高菜と梅干し胡麻のおにぎり
卵焼き
もみキャベツ
おいしいなあと思いながら、いただいています。

あっというまに、一週間や十日が経っていきます。
エキサイトブログに写真がアップロードできなくなって、
それはそれでいいかとも思っていたけれど、なおったよ
うです。
たぶん。
これからアップロードしてみよう。

できました。
この写真は、オーツのパンケーキを食べた後の空っぽの
お皿です。

冬越しのじゃがいものスープがおいしかった。
築地市場なら「冬越しのじゃがいも」としてちょっと芽
が出ていても高値で売られているけれど、十番のマーケ
ットでは半額でした。
このスープは、じゃがいもと大根の葉っぱ、こうちゃん
からもらった黒豆の缶詰と、長ネギでできています。
隆々とした葉っぱ付きの有機の大根が300円くらい。
葉っぱは栄養価も高いしとてもお得だと思う。

懐かしいピンク色。
お弁当箱の中できらめく桜でんぶや、放課後の甘味屋の
ラーメンに浮かぶ鳴門を思い出しました。
このピンクは鯨のベーコンです。こうちゃんの弟ののぶ
ちゃんがくださいました。一緒に馬肉も下さったけれど
まだ食べていません。
鯨のベーコンはどうやって食べていいのかわからなくて
長くチルド室で眠っていたけれど、焼きそばにしました。
子どもの頃に口にした鯨のベーコンとは、なんとなく違
う。淡白な感じがする。のぶちゃんのお家ではよく食べ
るのだそう。
青いのは大根の葉っぱです。

わらびはやはり銀座の岩手銀座プラザまで行くべきだっ
たなあと少し後悔しています。スタッフさんたちも季節
を待っていて、先に買ってしまうのは禁じられているら
しく夕方残っていると嬉々として求める、あのわらび。
岩手のわらびはやはり別格。
久しぶりに思い出して、岩手の牛飼いの岩井さんや農家
の渡辺さんに連絡を取りました。
あの辺りのクマは「アーバンベア」(初めて聞く言葉)
ではないので、山の熊と里の人間の住み分けができてい
るのだそう。それでも出没はするらしいけれど。農家の
渡辺さんは去年は熊との闘いだったとは言いつつ、牧草
を食べている熊は痩せて哀れだったと。
今年お初のわらび蕎麦

暖かくなってきたので玄関のポーチに置いた甕から高菜
を取り出して、冷蔵庫に保存しました。飴色になって、
甘く発酵しているにおいがします。
高菜まんなんていいだろうなあ。

木の芽の季節。
木の芽のちらし寿司を作ろうと思いつつまだ叶えていま
せん。が、夜暗くなった頃に、摘んでくれるようにお願
いして、鶏丼(鶏そぼろ、レバー、卵そぼろ、椎茸旨煮)
にたっぷりのせます。


月曜日は六本木
大きな通りから一本はいると、修道院のような東洋英和女子学
院の高い塔が青い空に佇んで、入学したばかりなのか制服も新
しい初々しい静かな女学生が祖父母と思われる父兄に守られる
ように門から出てきた。この坂道を下りると、麻布十番に入る。
この間の葉っぱつきの大根が欲しい。小さなスーパーに立ち寄
る。冬越しのじゃがいもも求める。その先の新潟の店に大豆を
買いに入る。今季は売り切れ。安くておいしかったからがっか
りする。
火曜日は飯田橋
お濠端に桜がずらりと咲いている。道を渡るとビュッフェスタ
イルのランチを提供する店は今も健在で、わたしたちは濠の縁
に並んだテーブルでゆったりランチをしている人びとを柵の間
からのぞき見る。むかしは自分の体に無自覚でつめたい飲み物
を注文していた。ちえちゃんはあの頃から体のことを考えてあ
たたかい飲み物を注文していた。そのことを思い出す。
この道筋だったか、この間立ち寄ったギャラリーがあるのは。
逆からくると全くわからない。
空に松が一本飛ぶような形で勢いよく枝を伸ばしている。
あたまがぼんやりする。
水曜日は田町
木曜日はまた六本木。
時間を間違えた。例の女子学院の坂道を下ると麻布十番の豆
腐屋が開いていた。おから、絹ごし豆腐、木綿豆腐、油揚げ
を求める。卓也さんがこの辺りに「はじめ」という居酒屋が
あったはずだがと店主聞いている。市場で言えば一番忙しい
時間だから亭主はややイライラして、が、それを抑えて「す
ぐ横の道。今解体してますよ」とぶっきらぼうに教えてくれ
た。見に行ってみる。
ああ。このタイルに既視感あり。そうそうこの感じ。スロー
プになって。ここだったか。
ビルの上半分は銀色のシートを被せられて、粉塵で空気がく
すぐったい。交通整理の歯のないじーさんが「通れる?ごめ
んなさいねえ」と人のよさそうな顔で私たちに声をかける。
「昔よく来た店で」と卓也さんが言うと「そうかあ。わたし
ゃしらないけどねえ」とまたふがふが言う。
「はじめ」はこんなところにあったのか。大きな通りから入
っていたから、逆からくるとまるきりわからない。
まさかなくなると思ってもみなかった店がどんどん解体され
、後継者がおらず閉めていく。札幌もそうだ。母の看取り介
護で疲れて果てていた時、これはあのエロそうな看板の店に
行って世界各国から集められた、ラクダやワニやカエルやウ
サギの肉などをジリジリと焼いて回復を図らなければ死んで
しまうと随分探したが、再開発で閉店していた。
ああ。寂しい。が、仕方ないな。
朝の麻布十番は、朝の繁華街特有の何か、一種のエネルギー
がすっかり抜かれてしまったような、寂れた感じがする。
たい焼き屋の道具を火にならしている香ばしいにおいが道に
流れている。たぬきせんべいの前に行ってのぞき見る。
この間の小さなスーパーに寄って、オートミールのパンケー
キと牛乳を買って、冬越しのじゃがいもをもう一度買う。
公園へ休憩にゆく。
東洋人も西洋人もベンチで朝食をとっている。長い金髪の
お嬢さんが革ジャンを脱ぐと半裸で「おおお」と大きな声
が漏れてしまう。お嬢さんはこちらを見ている。私は卓也
さんの顔を愛しげに見つめる目の演技をする。
午後卓也さんZOOM。私もZOOM。
金曜日
狛江までゆく。
いい町。
のんびりして、無人野菜などもある。
奈良時代建立の古寺に立ち寄る。
大変に好きな趣。なにもかもが侘びていてよい。六十円の
賽銭を入れる。賽銭箱も大変に詫びている。風が吹く。手
を合わせてご挨拶を終えて振り返ると若者がひとり待って
いた。会釈をする。彼は山門を出るときにお辞儀をした。
この境内には、深い時間が流れている。
土曜日
朝早く起きると、ありえないというほど部屋が散乱して
いるのが目に入る。一日中片付ける。
やらなければいけないことが頭の中でうねりを起こして、
ぼんやりするので箇条書きにする。走りながら考えねば。
少し糸筋が見える。この間札幌に帰っていた時も、糸を
ほぐしていた。この頃はずっとこのようなことをしてい
る。
窓辺の桜はまだいてくれる。最期の花びらをたたえて、
時々散らしている。ずっといてくれるといい。
ことしは「わらび」を諦めようかとも思ったが、季節は
待ってくれない。

4月7日
はらはらちっている。午後は枝を揺さぶると風が唸って吹雪に
なった。花びらは窓のすぐそばまで飛んできてすべるように去
って行った。
今年はよいさくらだったと思う。
よいとはなんだろうとかんがえる。
そのうちわかるかもしれない。
このごろ卓也さんがよく台所に立ってくれて助かる。
下ごしらえが丁寧で、それが仕上がりにどれだけ影響するか
よくわかる。ありがとう。
窓から見える、大きな桜は切られてしまうらしい。
樹齢は百年ほどではないか。さびしい。木に話しかけに行っ
た。帰りにのみたの寺にいく。今日もお堂の開戸はとじてい
た。この間の植木職人さんが脚立に乗っていて「こんにちは
」と声がふってきた。わたしたちも声を返す。「今日ものみ
たに振られました」と言うと笑っている。今日も剪定で落と
された黒松の枝をもらってきた。盆栽のようにうねった姿が
たいへんによろしい。
昼は
まとめて作っていたらしい親子丼の具に、卵を足して、
そう、春です!
木の芽をたっぷりのせて。しあわせ。
きんぴらごぼう、けんちんじる。

ラグーのコツは、とにかく、ひき肉になるべく触らない
こと。よく耳を澄ませて、タイミングを聞くこと。
ほら「この音」と二人の耳を大鍋の上に並べる。

夕飯は
札幌で茹でてもち帰ってきた海老(半額)と春雨のサラダ
わたしは胃の調子がよくないから、絹漉し豆腐のあんかけ。
大変においしかった。スープは冷凍しておいたワンタンで。

