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日々の皿

4月10日(火)  晴れ  12/2℃

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母の気配がおかしい。

首をかしげてむずかしい顔。

「これは、わからない」と言った。

ナンプラー味のラーメンは口に合わなかったよう。

そういえばわたしもナンプラーの風味が苦手だった。

「むうっ」と鼻について、タイ料理屋に入るのさえ嫌だった。


昼は

鶏のフォー ニラを散らして


地下道を大通りまで歩いた。歩くことは息抜きだから。

天窓から注ぐ光が地下道に広がって、道行く人の髪や肩を照ら

している。

生きていることがあんまりきれいで、しばらくぼおっとながめ

た。

地下鉄に乗って、日章堂印房さんに名刺を取りにゆく。

「よくできています」と見せてくださった。

活字には意志のようなものが宿っていて、刷りたての名刺から

はインク油の匂いがした。

お店の歴史を聞かせて下さった。

今の店主の息子さんがお店を継いだいきさつも。

ときどき胸が熱くなって「今日は泣きにきたみたい」と涙がに

じんだ。

「見ますか?」と渡してくださったのは、何帳というのだろう、

薄い和紙を綴じ合わせた帳面で、彫った印鑑の記録帳とでもい

うのだろうか。

それは技術の結集だった。

笑いを誘う判子があり、目を見張る、細い細い線が美しい印章も

あった。

ゴム印のノートも見せてくださった。

これから息子はゴム印に挑戦をするんです、と一瞬きりりと厳し

い顔をされた。

ゴム印はほんとうに切れる刀ではないと彫れないのだそう。

おもわず「やわらかいからですか?」と言うと、カンカンに硬

い、ゴムの原石のようなものを見せてくださった。

今度帰って来たとき、わたしはゴム印を注文することを胸に決

めた。心して、注文をするのだ。

どうかどうか、この世から、手の仕事がなくなりませんように。

誇りがなくなりませんように。


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この日、記録では最高気温12℃なっているけれど、京王プラ

ザホテル横のデジタル温度計の表示では18℃を指していた。

日差しが暑くてじわっとする。

小腹のすく頃だからおみやげは、パン。

母は京王プラザホテルのパンが一番好きなんだそう。

でも改装中だった。

大丸デパートに戻って、アーモンドプードルが香るザマンドを

求める。



伊藤さんや、いづみちゃんの作品展がアゲルさんで開かれてい

るのを聞いては、想像していた。

札幌に、伊藤さんの織った絨毯や、いづみちゃんのブランケッ

トがあることを想うと幸せだった。

街並みにあたたかい色がさしているみたいで

そのアゲルさんに私は行ったことがなかった。

住所をgoogleで調べて、古いビルのエレベーターで上がると、

お店はからっぽ。そういえば新しい店舗に移ったと言ってたっ

け。

でも、ここで、展覧会があったのだ。夕日になりかけの温かい

色に染まった空間を、ガラスに顔を押し付けて眺める。

アゲルさんには挨拶をするだけの予定だった。

けれどはまってしまった。

「お好きですね!」とアゲルさんも声を熱くして、引き出しか

らどんどん出して見せてくださった。

北海道の工芸を知らなかったなあ。

いつものように、欲しくて欲しくて、額に汗がにじんだ。

カッカ、カッカして好きとは自分でも知っていたけれど、ほん

とうに「好き!」なよう、器が。

じゅうぶんに興奮して店を出ると、陽は沈み街並みは青を帯び

はじめていた。


夜は蕎麦屋に行った。

7時に予約したのに、母はまたいつもの通りゆっくりしていて、

走った。赤と白の高い煙突を見上げながら札幌駅の北口を東に

走った。

この煙突は新幹線が開通するころには無くなってしまうんだそ

う。

アテは千本ネギの酢味噌和え、長芋のポテトサラダ、醤油豆

わさび漬けにせせりの焼き物、などなどテーブルいっぱいに

並べた。

髭のひとが一緒にいたらたぶんみっともないと言うだろうけ

ど、お酒をあまり呑まない人がいるときはまた特別。

お燗酒を母にもすすめた。

ぽおっと、桜色に頬をそめて、かわいらしかった。

伯楽星、綿屋、神亀。

好みの酒を頼んだ。

おいしかったなあ、春のすけの細打ちのお蕎麦。

蕎麦打ちは独学なんだそう。

看板はごじぶんで彫ったんだそう。


夜はまた凍えるほど寒かった。

タクシーをとめる。

家に戻ると母はうれしそうに、あれこれ器を出して見せてくれ

た。

モダンな漆器がたくさん。

母も器が好きでたまらない顔をしていた。



by hibinosara | 2018-05-07 10:09 | Comments(2)
Commented by syun368 at 2018-05-07 14:29
私のリアルな友達にも創業130年の印鑑屋さんがいるのですが、いつも丁寧に印を彫られています。
100円や200円で印鑑が売られているのを見ると、ちょっと哀しくなったりします。
熟練した手仕事でないと表現できないものもありますよね。
奥さんは「主人はいい材を見つけると お値段関係なしに仕入れてくるので、在庫が山になってるの」と笑っていました。
Commented by hibinosara at 2018-05-07 14:57
syunさん
小さなころ近所に印鑑屋さんがあり、よく漢字の書き順を教えてくれました。
肩の厚いずんぐりした体躯でいつも文机にむかって、一心に彫っていました。
印鑑屋さん特有の筋肉のつき方というの、あるのかもしれませんね。
印鑑には全く興味がなくて、親や風水師の友だちが作ってくれたのを使っているのですが、考えが変わりました(笑)
注文した印鑑にはきっと愛着が湧くのでしょうね。
押したい、という欲望も出てきそうです(笑)

材、興味深いです。それは、押したときの、何かが違うのかなあ。
丈夫さとか、彫った線がくっきり出るとか、あるのかなあ。わくわく。
日章堂印房さんは、ガラス作家とのコラボで、ガラスの印鑑もつくられており、
写真でしか見たことがないのですが、きれいだなー、ほしいなー、と思ってしまいました。