字を辿り
1月22日(火) 晴れ 11/0℃
ちいさな雲のような光が目の上でちらちらする。
観音開きの棚の境目で、記憶の入り口みたいに浮かんでい
る。
さいしょは口をあけてぽかんとして見ていたのに、かなし
いことにただ見ていることができなくて、カメラに手が伸
びる。
そして、どうやって撮ろうか考えているうちに光はさっと
消えてしまった。
二人で光のもとを探したけれど、結局わからなかった。
しばらくすると、計量カップとか鍋とかおろし器とか実体
をしっている影が、隣の棚に水墨画のように映し出された。
何年も暮らしているのにはじめてみる画。
札幌から荷物が届く。
はずかしいくらいボロボロの段ボール。
洗濯物、ブーツ、本、ミル、毛皮付きのオーバー、ほかに
こまごまとしたもの。
そのこまごまとしたなかには、封筒に父の字で母娘二人の
名前が並んでいる古い手紙がある。
父はわたしたちの姓名判断を誰かに依頼していた。
なにか片付け物をしていたとき、足元にぽとんと落ちてき
たのだそう。
そんなことをしていたんだという驚き。
結婚式で謡った「高砂」を綴った白扇ももらってきた。
父のことは父親としてしか知らず、どんな機微を持ってい
たのか、どんな傷をもっていたのか、実のところじぶんと
どうやって付き合っていたのか。ときどき父の首筋を思い
出すこともあるけれど、幼い記憶から実像を読み取ること
はできない。
けれど丁寧に綴られた字からは思いがけず、全体像はわか
らないとしても、父を構成している細部のようなものが読
み取れる。意外に繊細、女性性さえあって。
母からのお土産を渡すのを忘れていた。
靴下。
ひげの人の靴下こそ難しいものなのに、あちこちのデパー
トで見て歩いたのだそう。
奈良の麻屋の靴下がわりと好きだよと、店を探して一緒に
買いに行った。
母もプレゼントを考えるのが好きだったことを、その喜び
ようから思い出したのだった。
――22日の食事
朝は小正月には毎年田舎のお姉さんが送ってくれる豆餅
変わらずいい味。
昼は
きつねうどん
夜は
カレー
大根と人参の甘酢漬け
らっきょう
私の父の古い日記から。。時々ぽろっと挟んだ紙や手紙が出てきます。
私には読めないような字(達筆なのに)
が書かれた大叔父からの手紙だったりして。。
判読に時間がかかります。。