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日々の皿

二葉








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1月15日(水)  雪  -2/-5℃



おみやげの金柑を、そのままにしておいたことを思い出して、母は

保存食の本を出してきた。


金柑500g

グラニュー糖250g

白ワイン400CC

水   200CC


金柑は1キロあるから倍量で作る。

金柑以外の材料を火にかけて沸騰しはじめたら、金柑を入れ弱火

に15分ほどかける。

やわらかくなったらコンポートの出来上がり。

ワインを入れるレシピを選ぶなんて、母らしい。

朝の日差しがにじむ冷たい窓際に、ホーローの鍋を置くとゆらゆ

らと湯気が立ち、果実が色鮮やかに浮かんだ。

今日はうなぎ屋にゆく。

氷の道をこわがって母は遠くへの外出を控えているからさいし

、近所のデパートのうなぎ屋に行く予定だったけれど「二葉に行

ってみたいの。みよちゃんを誘ってもいやだって言うの。誰も一

緒に行ってくれないの」と母は反対を向いて遠慮がちに言った。

閉業したとばかり思っていた二葉には、父が生きているときよく

行った。木造家屋の古い佇まいの、靴を脱いで畳張りの大きな座

敷に上がる追い込み式の店で、かつてすすきのの大きな通り沿い

にあった。

札幌駅から地下鉄に乗って二つ先のすすきの駅で降り、地上にあ

がる。そこから市電で二駅先の近くにあると母は言ったけれどタ

クシーに乗った。乗ったとたん、と言うのは大げさとしても左に

曲がり右に曲がったらもう着いた。

二葉は暖簾にも老舗の風格が現れた立派な店になっていた。

一階はテーブル席が四つ、小上がりに二つ。開店して間もないの

にテーブルの三つは埋まっていた。

席に着くと正面の帳場にははっぴ姿の女性が、案内と会計のため

だけに座っている。店の人たちは、この間幸いの樹が連れて行っ

てくれた円山の老舗の蕎麦屋で働いていた人たちのように明るく

て気持ちよい。

母もわたしも食がやや細くなってきたから、竹にした。それから

肝焼きを二本注文する。

「きれいな店になったのね」と母は小さな声で言う。

背中からは中国の言葉が聞こえてくる。隣のテーブルはカップル

でその後ろはひとり客だ。

長皿に並べられた肝焼きは案外早く出てきて、テーブルにとんと

、おかれた。

熱燗をたのむんだったな。

でも、酒を頼むのなら、串でたれと白焼きが一本ずつは欲しいし

、口を直す漬物だって必要になる。そうしたらうなぎは梅でもよ

かった。品書きを開いてみてももう遅い。しかし、どうして食べ

物のこととなると、こうも未練タラタラになるんだろうなあ。

先に出てきた白菜漬けもぽりぽり食べて、あんまりおいしかっ

から、一皿追加した。

物足らない思いで待っていると、ふくよかな店の人がいかにも用

意した言葉「お待ちどうさまでした」を豊かに発声して、テーブ

ルにうな重が並べられた。

さいしょは山椒をつかわずに、一口ふくむ。

ほろほろと古い記憶がほどけ、父の横顔が浮かんだ。

脂はあまり落とさず、そうそう、このほの泥臭さ

客はつぎつぎに帰り、つぎつぎとやってくる来る。

足の悪い老齢の職人風の男がやってきて、ゆっくり小上がりに上

がった。つぎに歩行器に体重をかけた老齢の婦人が家族に付き添

われて這うようにやってきた。そのつぎには若いカップルがやっ

てきたが、しばらくすると老齢の男三人がやってきて小上がりに

案内されたけれど腿のあたりを押さえて足がダメだと言い、二階

の席にエレベーターで案内されて行った。わたしたちはデザート

まで注文してゆっくりした。店を出ると、杖を手にしたかなりの

老齢の痩せた婦人が家族の手をかりて車からようやく降り、車体

に身を寄せてずりずりと移動しながら腰を支えられ、足をすこし

ずつぱたぱたと動かして体を半回転させ、杖をつきつきうなぎ屋

に向かった。

うなぎにはこうも人を駆りたてる魅力があるのだなあ。

帰りは腹ごなしにすすきのをゆっくりと歩いた。

歓楽街は札幌に限らず昼間はうす汚れて見える。さいきんは帰省

しても誰とも会わずに帰京してしまうから、もう何年もこの街の

夜を知らない。

すすきのから大通りその先のグランドホテルまで地下道を歩き、

地上に出る。母が行きたがっていた旧北海道庁立図書館を利用し

北菓楼はもうすこし先。街路樹の白樺が枝を空に広げている。

一階は菓子の販売場、二階がカフェになっている。

石で作られた古い階段を上ると、天井の高いフロアに白いグラン

トピアノと壁いっぱいの本棚。

ケーキセットを一つ、ココアを一つ注文する。

今日母はよく歩いたな。




――――――-15日のご飯


15000歩。

母の足には歩きすぎだろう。

買い物をしたあと、家のすぐそばまで送って、

わたしは狸小路の古い靴屋に母の「冬用のつっかけ」を探しに

ゆき、次にデパートの地下の食料品売り場へ行く。

「ごっこ」という魚が気になった。

はじめて聞く名前だけれど、切り身になっていてもいかにも

海魚らしい身質だ。

「鍋用」とシールが貼られているそれに、ごっこの卵と生のり

が少量付いていて、食べ方を二人の魚売り場の人に聞いてみた

けれど「全部入れる」と言うばかりで、生のりの使い方がわか

らない。

買ってかえると母は「勇気があるわね」と言った。

魚好きの友だちには「ごっこを食べたことがないなんてもったい

ない」と呆れられながら、見た目がおどろおどろしいいわゆるゲ

テモノの類で、今まで食べたことがなかったのだそう。

白菜とネギそれから豆腐を用意して、鍋にする。

あんこうの身をさらにぶりぶりにした食感。

口にした母は目をまるくしておいしい顔をした。

調べてみると「ごっこ」の見た目はゲテモノといわれるだけあっ

て、「あんこう」と「ふぐ」を足したような姿だ。

次に帰ってきたときは「鍋が割れるほど」旨いといわれる、

かじかを食べてみたいなあ。




by hibinosara | 2020-01-22 22:05 | Comments(0)