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日々の皿

ケンタッキーフライドチキン






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6月15日(火)  くもりのち雨  21/14℃


パソコンを持って出かけた。

細い雨の中を柵の遠くに道庁を眺めながら大通りに出て、キノト

ヤに入った。

クロワッサンとサラダとコーヒーの朝のセットを注文する。それ

からこの店の調理に使われているらしい平飼い卵を1パックを買

った。お母さんは卵が好きだ。卵焼きを作るとあっという間に平

らげちゃう。あんなに好きだと思わなかったな。

家にインターネットは開通したけれど、いろいろと落ち着かない

し、テレビの音量は大きいし、それに、ひとりになって肩の力を

抜いて、考えたいこともあった。

人もまばらな店に、大きな声がひびく。

ハンチング帽にベージュとクリーム色のストライプのシャツのお

じいさんがやってきて、一段上の隣の席に腰掛けようとするのを

、店の人が追いかけてくる。

「はっはっはっはっ。そうか。この店は先に会計をするのか」

翁面のようなおじいさんは笑ってカウンターに注文をしに行った。

なるべく頼りたくはないのだけれど、わたしは、幸の樹やちずち

ゃんに、母のことをお願いするメイルを書いた。

母は自分からできるだけ遠く離れていたいようだ。けれど、それ

はひとりではできない。母にとってわたしは身の内だから役に立

たない。母は誰かと話をしたり、誰かにお茶をいれたり、誰かに

お土産を持たせたり、誰かと何かをすることが、必要なのだ。

おじいさんはにこやかに戻ってきた。

後ろにはソフトクリームを持ったぷっくりした頬の、洋菓子屋さ

んらしい白いふちどりにクリーム色のまあるい帽子がよく似合っ

た女の子がついてきて、すこしこまったような笑顔を浮かべてい

る。

上機嫌なおじいさんは「おいしそうだね、あ、おいしいねって言

わないといけないね。はっはっはっはっ」とまた大きな声で笑っ

た。

ひとりになったおじいさんは「ここのソフトクリームはうまいなあ

」とつぶやき、ぺろりぺろり舐めているのを目にしたら、なんだか

とても幸せで、胸がいっぱいになってしまった。


昼ごはんは何か買って帰ることにした。デパートの地下食料品売

り場でうろうろしながら、うなぎはお昼ごはんにはすこし贅沢か

もしれないとか、なだまんのお弁当はたしか好きだったのではな

いかとか思いつつ、選んでもらうことにする。

「なだまんのお弁当、宮川のうなぎ、はなまるでお寿司を作って

もらうか、それともケンタッキーがいいかな」

耳が遠くなってきている母は「え?洗濯機?」と聞き直した。

「ケ ン タッ キィー」

「ああ。ケンタッキー。ケンタッキーなんて久しぶりねえ」

明るい声になる。

この間、母はケンタッキーのことを話した。

わたしは中学生で犬や猫たちがいて、父も生きていた。

ケンタッキーを買ってくると、その匂いでチロやシャムやミーた

ちが大騒ぎをした。父も手に取り、家族で食べた。

だからケンタッキーは、母にとって、いい思い出がついている食

べ物なのだ。

母は白いごはんの用意をして待っていた。

コールスローサラダもポテトも懐かしがって、食卓で横並びにな

って食べている間じゅう、昔の話をした。動物たちのこと、笹本

さんのこと、はじめて自分でケンタッキーを買った時のこと。

「鶏、選べないんですってね。でも、お母さん、あれと、それと

、そこを、ちょうだいって言ったの。ちゃんとくれたわよ」と言

って笑った。


ごはんのあとは、いっぱいになっているベランダのゴミの分類を

した。

母はわたしが帰ってくると、身の置き所がなくなるのか、それと

も何かをしていなと落ち着かないのか、いつも片付けをはじめる。

だから寝室もいっぱいになっているし、使っていない食器を出し

てきて床に置いたままにもなっている。

さわらない方がいいと思っているから、手を出さないのだけれど

、片付けようとして、ベランダの棚からもあれこれ出して、床を

いっぱいにして(昔のわたしみたいだった)、その上ゴミの袋も

いくつもあって、それらを整理するには体力が足りないようだっ

た。

ゴミの袋の整理から始めると、色々なものが雑多に混ざり合って

いて、この間帰ってきたとき、水気が絞れきれてない油っぽい台

布巾で、ガス台をぐちゃぐちゃと拭いていた意思の希薄な母の手

元を思い出した。それは、母の今の状態を象徴しているように見

えた。

床に散乱しているものを拾って、母に聞いたり、役所に電話をし

て、ゴミカレンダーを見ていると、母は「ふふっ」と笑った。

それはとても素直できれいな顔だった。

思わず「どうしたの?」と聞くと笑った顔のままで「ま じ め

」とちいさな声で言う。

目の前がぱっと明るくなるくらい嬉しかった。

100円ショップでほうきとちりとりのセットを買ってベランダ

の床を掃除をしたり、ゴミの袋ごとにシールを貼って出すときに

間違えないようにしたり、ブルトーザーのように一気にやった。

そうか。おかーさんは片付けをして欲しかったのだな。


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一番好きな歩道は伊藤忠の木造の建物があった横手で、大きな木

の間をすり抜けるというのか、木のあるところに歩道を作らせて

もらったというのか、とにかく木が主体の歩道で、ここを歩きた

いために、すこし遠いスーパーに行く。

大叔母はちいさな頃、この邸内に住んでいたことがあるそうだけ

れど、仲良しの木があっただろうかなあ。わたしは柵の外から中

を眺める。

大きな通りの木もとにかくみんな大きくて、頼もしいから触った

り、抱きついたりしながら道を歩く。

通りの向こうの植物園は今夜も繁々として、この「6月の道」を

ずーっとこうして歩いていたかった。



明日、私は東京に帰る。

ちずちゃんが夜になって電話をくれた。

母は早く終えなさいと、ちいさな声で叫んでいる。

ベランダで話しているのがとても気持ちいいのだけれど、時々部

屋に戻って、母の肩をなでる。

電話を終えると「りかのことだーいすき、でも居ないから嫌い」

と子どもみたいな顔で母は笑っている。






夜は

美味しそうなお揚げを買ってきて、

タジン鍋でキャベツ、椎茸、お揚げの蒸し物を作った。

母は美味しい美味しいとポン酢をかけて食べた。

京風のお揚げだけれど、北海道らしいのは、袋に「ジンギスカン

にもどうぞ」と印刷されていること。

ほかにポテトのグラタンやハンバーグの残り。

母の写真を撮ろうとすると

「いやーっ」と言って逃げる。

おでこのコブは少し小さくなったけれど、血が下がってきて、

今日は鼻すじのあたりにある。










by hibinosara | 2021-07-30 12:07 | Comments(0)