春だったなあ

3月13日(木) 晴れ 20-9ど
朝、食べたり飲んだりするのものは、はちみつ入りのお白湯
、コーヒー、マンモスジュース、黒酢バナナ、なんらかの果
物、ほかに、時にパンであり米でありスープである。
それをどちらからともなく、忘れていない方が差し出すのだ
けれど、台所の流しのカップや器の数は二人暮らしとは思え
ないほどで、今日はそこに餅屋の作りたてのみたらし団子が
加わって、なかなかくちく、愛ちゃんもなかなかお腹いっぱ
いな顔をしている。
自然教育園にゆくので、そうゆっくりもしていられず、夕べ
食卓に上がる予定だった、合菜載帽を作る。
皮はきのうおしゃべりをしながら食卓にカセットコンロを置
いて焼いてある。あとは、ビーフン炒めを作って、薄焼き卵
を帽子のように載せて、薬味は白髪ネギとパクチー、お好み
甜麺醤を使う。
春の陽気が窓から流れこんだ食卓に、なの花畑の丘のような
お皿がきらきらして、とってもきれいだったなあ。
ようこちゃんのお誕生日もこれにしようかなあ。バースディ
ケーキみたいに華やかでいいと思う。

ヒゲの人の後に続いて、てくてく向かう。英一蝶の阿吽を見
て寺町を抜け、わたしの知っている道と違う道を歩いてゆく。
天気がいいなあ。汗ばむ。愛ちゃんの、おかあさまからシフ
ォンケーキをならっている話を聞いて羨ましがりながら、こ
の道はどこに続くんだろうと思う。けれど、坂をのぼる彼の
足取りに迷いはない。
あっ。
ここに出るんだ。
自然教育園には来たことがないと思っていたけれど、土塁の
ふた文字を見て思い出した、あるある来たこと。
気持ちがいいなあ。
縄文人が住んでいたようだけれど、なんとなくわかる。よい
気だもの。うちの近くの公園も縄文人が住んでいた方が穏や
かだもの。その気持ちよさがどこから来ているのか、いつも
不思議。
愛ちゃんは早速鳥の眼になって、羽根を探している。
赤や白の椿の花が道にぽとぽと落ちている。
水辺で観察をする。ヒゲの人はただただ座って森の方を眺め
ていることに向いている。わたしはそうでもない。水中から
伸びて立ち枯れたガマを見て、かまぼこのことを思ったりし
ている。愛ちゃんは奥の方へ向かって行ったけれど、鳥は人
間の入れない森の中にいるようで写真はむつかしいよう。
おじいさんがなんとなくわたしたちの様子を見ながら風のよ
うにするりと話しかけてきた。
博士のように詳しい。
しばらく一緒に歩いた。
むくろじを拾って、これ、正月に遊ぶ羽根付きの玉に使
うんだよと剥いてくれた。あ、あの黒に球に既視感がある。
わたしも拾って剥いた。指先がはちみつをまぶしたように
ベトベトになる。おじいさんは羽根を落とした方は墨で顔
にバッテンを描かれたもんだと笑っている。彼は月に二度
ほど来ているらしい。外国の日本語がペラペラの白人さん
とも顔見知りのようで、休憩所で話している。
彼とはまた会うかもしれない。
帰りはバスに乗った。歩きたかったけれど、言うことを聞い
てよかった。そうじゃなければ「のみた」にも、メジロや
ヒヨドリの楽園になっている寒桜にも会えなかったかもしれ
ない。
「のみた」の名前の由来は、拾ってきた時に「のみ」だらけ
だったからと、網戸越しに住職さんはおしえて下さった。
のみたはお堂を全速力で駆け抜けている。そうか猫は二匹い
るのか。
愛ちゃんが桜が咲いていると見上げている。興味本位でお墓
に入るのは気が引けていたけれど、今日は中に人が見えたし、
なんていっても桜があるのだ。
お墓参りにいらしているご家族が、今年は花が遅かったよう
で、咲いたところを見たことがないから桜の木があることに
も気が付かなかった、見事ですねえと、見上げている。もう
散り際で、はらはら、はらはら、花びらが散って、一族の古
い墓石に舞い落ちて、映画のように素敵だった。

――――-ごはん
朝ごはん

昼ごはん

夜ごはんはお昼の名残り
皮を焼いて


