まあるいおばあさん

6月中ば。ひさしぶりの東京。
すっかり夏の色になった木々はひろびろ葉を伸ばしてい
た。気に入りの、太い幹がすーっと真っ直ぐに空に向か
いその上にわたあめのように枝を広げている背の高い木
に今年は蔦が絡んでいる。
窓にいちばん近い桜の花は、母を介護をする札幌の居間
に置かれた小さな画面から花が広がってゆくのを眺め、
散って新緑色に移ろってゆくのもそうして見ていた。気
になっていた枯れ枝は留守の間に剪定されて、木肌色の
切り口がのぞいている。
急に杏のことを思い出して、スリッパをつっかけて公園
の木の下に行くと、三つ、橙色の実が落ちていて、拾っ
てポケットに入れた。
カントウタンポポの広場では、身をかがめて何かを収集
している人がいた。聞くと腰を上げて息子のカマキリの
餌のバッタを集めていると言った。
朝早くなら一人で散歩にゆき、午後なら二人だった。
卓也さんが竹藪の竹の皮を指差して、あれ欲しいでしょ、
と言った。節の一枚一枚が剥がれる季節なのか、築地の
道具屋で見るのと同じ竹の皮がいくつも転がっている。
節からも剥がれんばかりになっている。あの皮に包んで
中華おこわを蒸したいなあ。運動神経さえあれば柵をひ
らりと乗り越えられるのに。
増上寺の梅園でたくさん梅の実を拾ってジャムにした。
近くの公園の梅はシロップにした。わたしは拾う係で、
作る係は卓也さんだ。
東京の植物たちはひっそりして、話しかけるとこたえて
くれるような、そんな気配がある。札幌の木は、人間の
方を向いていないように思う。さらにどこかに移動して
行こうとしているような、そんなふうな気配がある。そ
うか、北大にしても、原生林のままの木が残されている
からかもしれないなあ。
あ。蝉が鳴いている。今は7月の東京。
きのうは七夕で、空気が霞んでやっぱり晴れなかった。
札幌の病院のケアマネージャーと、カオリちゃんから
手紙が届いた。
氏神さまにゆき、短冊に願いごとを書いて笹の葉にさ
げた。深緑色の最後の一枚の短冊だった。
お節句だからというわけではないけれど、機材室の冷
蔵庫の掃除もした。塩漬けのラッキョウの瓶が奥から
発見された。
引越しで忙しくなるから今年は漬けないと誓ったのに、
青空市場で見ると欲しくなってつい買ってしまった二
年前のあれだ。まだ真っ白でパリパリしている。
去年はネズミ騒動で、今年は母のことでラッキョウは
諦めていたからうれしい。
あのブランコのおばあさんに会いたいなあ。
ようやく明るくなって、木々に挨拶をする散歩に出た
朝、おばあさんが肘で支える杖をそっと地面に置いて
、ブランコに乗るのが木々の間に見えた。こぎ始める
と、キーキー音を立てた。そばを通るとおばあさんは
にこにことやわらかに笑い「気持ちがいいですよ」と
言った。わたしは頭を下げてにこにこするばかりだっ
たけれど、あの時、隣のブランコに乗って「ほんと、
気持ちいいですねえ」と一緒になってみるんだった。
明日からまた、札幌。

