何年ぶりかの中華ちまき




頭は忘れていても手は覚えているものだなあ。
はじまると、どんどん動き始めた。
それにしてもわたしの作るものはどうしても大きくなる。
わたしの大きな手のひらいっぱいの大きさ、デパートに
並んでいる中華ちまきの二倍か三倍はある。
荒くれ者なのかもしれないけれど、心配の表れかもしれ
ない。足りるかなあ、足りるかなあ、とどこかで思って
いるから。
今度のお正月は生寿司にお屠蘇、それから甘いものも用
意するから、七福なますだけ作ればいいじゃんとたかち
ゃんは言ってくれた。
それで、中華ちまきまで手が回ったというわけです。
今年(もう去年だけれど)は体力がなくて、うまく話せ
ないし、顔は無表情だし、体の真ん中の気が抜けてただ
の筒になったような気がした。そういうことは、自分ひ
とりより、友といると定点観測のようによくわかるもの
だな。ずいぶん取り戻したつもりだけれど、もう少しエ
ネルギーが欲しい。
今朝、母は書き初めを見せてくれた。
円相は十五夜のようにまるまるとしていたけれどその下
に綴られた「ありがとう」は弱々しく、元日に書いた「
白馬」も失速していた。けれど母はじぶんを見るように
字を眺めて「円相はわりとしっかり書けているけれど、
ありがとうは字にはなっていないね。でもこれもおもし
ろいね」と言った。そして「おかあさんは、死と生の狭
間にいるんだと思うの。お迎えがまだこないけれどね。
りかありがとうね。本当によくしてくれて感謝。卓也さ
んにも感謝」と言って泣きました。
おかあさんは宣告された一週間を乗り越えてもう少しで
一年になるけれど、時々思うんです。この時間が必要で
はなかったのかなあと。
たかちゃんが重い荷物を持ってやってきてくれた。
いちごもありがとう。
暗くなるとビルの間から薄墨に紫を混ぜたような雲の上
に、月がキンと光った。しばらくするとぐーっと冷え込
んで、雪が降りてきた。結露して曇った窓に雪影が舞っ
て、さらにシンシンと冷えた。

七福なますは
大根、にんじん、きゅうりを細切りにして薄塩をして
おき。細く切ったこんにゃく(糸蒟蒻では歯応えが出
ない)干し椎茸、キクラゲ、油揚げをお出汁で煮る。
生野菜の清潔な味と、煮物の旨みを合わせたところに
、七種類の調味料を使った松本忠子さん調合のドレッ
シングをかけ回すと、なんともいえずおいしい。
いつもは自分の感覚で作るけれど、この七福なますの
ドレッシングだけは忠実に計量さじを持って計ります。

