人気ブログランキング | 話題のタグを見る

日々の皿

包むことの不思議

包むことの不思議_c0367403_07523514.jpg


包むことの不思議_c0367403_09483395.jpg


1月28日

冷え込んだ朝にはオナガが群れで飛んできます。

青みがかった灰色のからだに黒の帽子、尾はスラリと

長く。この間、坂を下っている時に大きな群れを見ま

した。

そういえばこの頃ハクビシンを見かけないなあ。

ハクちゃんどうしているだろうか。また電線を渡ってきてわたしたちと目を合わせてくれないかなあ。

ハクちゃんは夜は神社の森で過ごし、朝になるとねぐらにしているお寺に帰るのではないかなあと想像しています。


お弁当を作るようになるとやはり常備菜が必要になっ

てきました。常備菜はあまり好きではないのに、お弁

当に詰めるとまったく気にならないのはどうしてかな

あ。あの箱庭的な世界には冷めたおいしさが合ってい

るからなのか。今日はちくわのトマトソース炒めと下

味をつけた蓮根スライスに銀杏を加えたおかずを作る。

ちくわは明日もお弁当に登場し、蓮根は三日ほど持ち

そう。


包むことの不思議_c0367403_07485995.jpg

朝は久しぶりにパンを焼く。

種を仕込んで三日目が旨みが増す。冷蔵庫で眠っていた

シークワーサーのジャムと胡桃を巻き込んでまるめます。

粉物の日というわけでもないのだけれど、小さなクレー

プと大きなクレープを焼いて、小さな方は猫姫に送りま

す。いつかわたしの作ったこんにゃくの煮物を口に入れ

るのに四苦八苦して苦しそうだったからこのくらいがい

いかと思って。いつもテーブルの向こうに座っている卓

也さんもホットクなどはナイフとフォークで綺麗に切っ

てお召し上がりになっているが、私などは手づかみだ。



そう、クレープをたくさん焼いて冷凍しておくととても

便利です。お食事にもなるし、甘味にも。



今夜はクレープにビーフン炒めを巻いていただきます。

いつも具材をたくさん入れるけれど、「ケ」の感じで

もやしと干しエビだけです。でも、巻くとどうしてか

満足します。


包むことの不思議_c0367403_08024653.jpg























# by hibinosara | 2026-01-30 08:08 | Comments(0)

余白に浮かび上がってきたもの





余白に浮かび上がってきたもの_c0367403_08422531.jpg



1月27日


ひさしく忘れていた。住まいに茶室があったらいいな

あと憧れていたこと。

ほかの部屋はさんさんと陽がそそいで眩しいほどだけ

れど、茶室だけはうすくらくまるで胎内のような、自

分そのものの空間で。

好きな絵を壁にかけ、季節の一輪の花や枝をいけ、陶

器がおかれ、湯の沸く小さな音がチリチリと鳴り、そ

の一つ一つが現れるたび、小さな空間にゆらめきが起

こり充実してゆく。

光は、障子越しに滲んで広がるそれか、高い位置に設

けられた小さな窓から落ちてくる光と影がいいな。風

にそよぐ枝を見上げて。

こういうことを想像しているだけでも、心がおちつい

てくる。

それで、一人で行う飲食はよく味わえてそれはそれで

とても好きなんですが、茶室ではお相手がいるといい

な。風や往来の音が静かに満ちる空間で炭を熾し、酒

に燗をつけ、炙ったりしたい、足りるほどの土鍋で米

を炊き、湯気立つ煮えばなのつやつやを小さな器に分

けて。きれいだろうなあ。

叶うかな。

修道院のような中庭のある住まいにも憧れていた。

そこに宗教はなく、師もおらず、けれど互いが師のよ

うで、土や木や花も実もそこにある全てに宿っている

ものを大切にして。

何がどこまで叶うかな。

儀式好きなことも忘れていたなあ。いろんなことを忘

れていた。儀式っていうのはハレなのかな。ケと陸続

きの。


近所の公園の梅が咲いてきました。

梅柄のお皿を出してこよう。

まずはここから。小さなことから。

梅の花びらに湯をそそいでお茶にするのは愛ちゃんに

おしえてもらった。



わたしのなかの母の領域が狭くなってきたせいで、沈

んでいた物事が余白に浮上してきたのだろうな。

改めてかんがえてみるとあたらしい側面も見えてきて

新鮮。



それにしても母娘はふしぎだ。

母の苦しみはわたしの痛みで、苦しんでいる母は娘を

苦しめ痛みつけるという二重構造、というのか。





久しぶりに玄米を炊きました。

一年ぶりくらいかなあ。

ゆえ玄米は古米です。

お味噌汁はもやし。


余白に浮かび上がってきたもの_c0367403_08595818.jpg余白に浮かび上がってきたもの_c0367403_08595899.jpg
















夜はみぞれ鍋。

肺を潤すために、一冬鶏のスープを欠かしませんでした。

手羽先の鍋を火にかけておくと加湿にもなり、暖房の代

わりにもなって。


鶏のスープに酒を加え、手羽先、豚バラ肉、戻した干し

いたけを入れて火にかけます。灰汁をとったら、酸味の

強くなった白菜漬けを加え肉に火を通し、小さな大根な

ら1本分のおろしを加えます。

味付けはめいめいで。

青柚子塩、柚子胡椒、塩、ラー油、ポン酢を用意します。

ピエンローとはまた違うおいしさです。

白菜漬けがなければ、生の白菜でも。または無くても。

ポイントは脂とおろし大根なので。ほんとうにおいしい

です。


シメはうどんでもご飯でも。

今日は、うどんでした。










# by hibinosara | 2026-01-29 09:16 | Comments(0)

結局 それはひつようだったのかもしれないと思うようになりました

結局 それはひつようだったのかもしれないと思うようになりました_c0367403_08354531.jpg


1月26日


母の病院は夜9時が消灯で、8時まではおしゃべりを

していてもいいのだけれど、7時半くらいにオンライ

ンにしてもベッドで横になっていることが多くなって

きました。

今日は横になったまま「ひでちゃん」と弟の名前を呼

んでいました。そして「おとうさん」(夫)は来ない

のといいました。

書もほとんどしていないようだし、能動的なことが減

っているように思います。でもおかあさんは自分を飾

り立てる疲れる人生を送っていたからそれでいいのだ

と思います。

ふだんは新聞や雑誌を取りに行って病室で読んだり、

ラウンジに行って雪景色を眺めたりしているようです。

そこに行けば看護師さんから声もかかり、おともだち

と呼べるような人とのおしゃべりもあるようです。

みんなおそろいのパジャマを着て、装飾品もなく、お

金も持ち合わせていない環境でお付き合いするのはも

しかすると、楽なのかもしれません。

それでも母はやっぱり子供っぽくて勝気で、新しく入

ってきた患者さんを「新入り」と呼び「入れ歯だから

歯がないの」とぽっかり穴の開いたような口の形をつ

くって真似をしたりします。わたしも同じ形の口をす

ると母は喜びます。二人とも小学生です。

母はいまフェードアウトしてゆく準備をしているのか

前のようではなく、なんて優しい笑顔だろうかと感心

する日もあります。私もあの千本ノック千回というよ

うな看取りと介護の時間が私を新しくしてくれました。

外圧でこれほど変わったのだから、内圧でもう少し変

わりたいと思いました。

うちのそばにキリシタンが丘の中腹で火刑にかけられ

た処刑場跡があります。今は再開発ですっかり綺麗に

なり、みんなの広場でもあり生活道にもなっているの

ですが、通るたび何かしら思わずにはいられません。

東海道の始まりの丘の中腹で、火刑にかけられている

神父たちを見上げて西に向かう人々。その口を使って

広めたのだということを何度でも繰り返し思い、その

当時のことが脳裏でうっすら再現されもします。

ゆっくりお眠りくださいとはとても言えず「ありがと

うございます」と見当違いな言葉を心のつぶやいて手

を合わせています。母のことであんまり辛かった時に

は、助けてください、と訴えたりもしていました。

去年の紅葉の季節、木々の植った小径を耳を澄まして

ゆっくり歩き「自分を変えるのって大変ですね。まだ

体が疲れていて」と呟くと「いや、楽しいだろう、新

しくなるのは」と聞こえてきたような気がしました。

ああ。そうか!日々新しくなってゆく自分を見るのは

明るく楽しいことなんだと腑におちてから、どんどん

心も体も元気にな利ました。しかもあの時に身につけ

た諦観と(だからアドレナリンはちょっと出にくい)

柔軟性はそのままです。人生で一番変化のあった年で

した。今になって感謝しています。本当に。


柔軟性といえば、今冬に入る前に卓也さんの背中を触

ると硬くパンパンに張っていて、これは呼吸も苦しか

ろうと冬に向かって食養生を始めました。

蓮根、里芋、山の芋、大根、白菜、銀杏を毎日食卓に

あげるようになると、苦しそうに息を肩でする姿をほ

とんど見なくなり、肺には潤いと柔らかさが大切なの

だなあ、ということが実によくわかりました。すりお

ろした蓮根に銀杏を入れて一口にまとめ、揚げた団子

の冷凍も、もう少しでなくなります。


結局 それはひつようだったのかもしれないと思うようになりました_c0367403_10272678.jpg


結局 それはひつようだったのかもしれないと思うようになりました_c0367403_08354550.jpg
今日もお昼はお弁当
ねこ姫から頂いたしそわかめのふりかけで
お汁は、蓮根と銀杏のお団子のお澄ましです。







急いで帰ってきて晩御飯の支度

干肉がおいしくてビールを開けてしまいます。

結局 それはひつようだったのかもしれないと思うようになりました_c0367403_10332603.jpg








# by hibinosara | 2026-01-28 10:30 | Comments(0)

うちのお茶の時間





うちのお茶の時間_c0367403_08302989.jpg



1月25日

ふっくり戻した干し椎茸のうま煮を作るところから今

日が始まりました。

水とお酒とお砂糖を含ませて、お醤油は何度かに分け

て入れる。煮詰めたら最後、みりんで艶を出して味も

整えます。以前は出汁を引いていたれど、いつからか

そんなことはしなくなり、手を抜くようになったのか

といえば、そうでもないような気がする。ただ、それ

がじぶんにちょうどいいのだと思う。


去年母の住まいの慣れない台所で何をするにもいちい

ち探しものをして、東京の使い慣れた道具のある自分

の台所で思う存分料理がしたいと思ったことをよく覚

えています。

そう思う反面、ステンレスの調理器具のすくない台所

で母はお茶碗やお皿をつかっていたらしく、次第にそ

の方が風景に温かみがあるようにも思いました。

トラン・アン・ユン監督の「青いパパイヤの香り」や

「ポトフ」の時代にはまだステンレスが普及していな

かったせいか、柄もののお皿が下ごしらえのために使

われていて「いい感じだなあ」と憧れています。

憧れ、なんていい響きだろう。

メジャーカップなどもちょっと欠けているお茶碗が使

われているのではないかと想像して、うちの台所にも

欠けた耐熱器を置くようになりゆるやかさが生まれて

、ほんのすこしの逆行です。


うちのお茶の時間_c0367403_08312664.jpg


干し椎茸のうま煮ひさしぶりに作る気になったのは、

ねこ姫からいただいた魯肉飯のふりかけに合いそうだ

からです。ふりかけの袋の前にも後ろにも「3割引」

のシールが貼られたままで、そういうのいいなあと

思いました。詰め合わせの箱に入っていた白いマフラ

ーを巻かれた赤い耳のウサギは愛くるしくて今もパソ

コンの横でじっとしていますが、この子はたぶんクリ

スマスの頃に用意してくださったのではないかなあ。

このウサコ、母が大好きで、アレクサに登場させると

とても喜んでやさしい笑顔を浮かべます。父も晩年か

わいいものを見ると肩の力がすとんと抜けたゆるやか

な笑顔を浮かべて、そういう父をもっと受け入れると

よかったなあと時々思い出します。でもあの頃わたし

はまだ高校生で。



うちのお茶の時間_c0367403_08292526.jpg
うちのお茶の時間_c0367403_08292627.jpg



今日は卓也さんがお茶をほうじています。

ほうろくから香ばしい甘いにおいが煙とともにたちの

ぼってきます。おへらでほうじる音も一定で、これは

作る方もそれを見ている方も一種の瞑想のようだなあ

と思います。

奥久慈の伊藤さんがおまけにつけてくださった大量の

茎茶をどうしようかと案じるところから始まって、こ

の頃は卓也さんの土曜か日曜仕事になっています。

今日は浅煎りと深煎りを二種作っていました。



ひさしぶりのキムチチャーハン

おいしかった。



うちのお茶の時間_c0367403_08313568.jpg




# by hibinosara | 2026-01-28 08:32 | Comments(0)

佐藤先生お元気ですか?




佐藤先生お元気ですか?_c0367403_13542259.jpg
佐藤先生お元気ですか?_c0367403_13542402.jpg



1月24日


ふいに、げたまんの赤ら顔が浮かんできた。

下駄のように四角く、饅頭のように丸い顔。

小学3年と4年の担任の先生。

まだおおらかな時代、家庭訪問があると、強引な父にお

酒の席に座らされ、のめやくえやの歓待ぶりで、げたま

んはいつもよりさらに赤い顔になって、ふふ、と笑って

いた。次の日学校に行くと、私の次の出席番号のオチ君

が「またお前んちで止まってこなかった」と言われて気

まずかった。


そのげたまんの顔を浮かべてきたのは、ラーメンです。

年末冷蔵庫を大掃除をしてチルド室に入れたまま忘れて

ボソボソして、茹でたら切れそうで、焼きそばにできる

だろうかと考えていると、授業で作ったドロドロした焼

きそばを、まずそうにゆがんだ口で「おいしいね」と食

べてくれたげたまんの、いつもはこわいのにやさしくわ

らっている顔のが思い出されました。

そのドロドロの記憶はわたしの口にも残っています。

きちんと洗わなかったんだろうなあ。

あれからずいぶんと長い年月が経ったけれど、作り直し

です。麺を茹でるのは1分くらい。沸騰して中まで火が

通った極硬でいいと思う。ざるに上げたら流水でしっか

り滑りを取って水気を切り、油をまぶし、フライパンで

パリりと焼く。

今日の具材はありあわせ。干肉と発酵白菜、風味にラー

油です。

これはいいなあ。市販の焼きそばよりさっぱりして、麺

にまとわせる油を選べるし、小麦粉の味も際立つのも。


げたまん元気かな。

わたしが思い出していることなんて、まさか知らないだ

ろうけれど、案外ふいに小学生のわたしの顔が脳裏にど

うしてか、浮かんできているかもしれない。




朝はチーズクルチャふう。

チーズ屋さんのチーズはやっぱりおいしい。

たまには買いに行こう。


発酵生地はたいてい冷蔵庫に入っていて、必要な分だけ

ちぎって使います。



佐藤先生お元気ですか?_c0367403_13542663.jpg





# by hibinosara | 2026-01-27 14:08 | Comments(0)